――最後まで自分らしく生きるために
Aさんは、70代の女性でした。
市営団地で一人暮らしをしていました。
ご主人はすでに亡くなっており、ご主人には前の結婚で娘さんが2人いました。しかし、Aさんと娘さんたちとの関係は、決して良いものではありませんでした。
ご主人が亡くなった後、Aさんは自分の年金と遺族年金を頼りに、一人で生活を続けていました。
大きな蓄えがあったわけではありません。
それでもAさんは、長い間、病院の清掃員として働いていました。
両膝には変形性関節症があり、歩くことも決して楽ではありませんでした。それでも、痛む膝を引きずるようにしながら、定年ぎりぎりまで仕事を続けていました。
Aさんは、とても我慢強い人でした。
人の悪口を言うこともほとんどありません。
自分がつらい状況にあっても、それを周囲に訴えることなく、黙って頑張ってきた方でした。
しかし、そんなAさんの生活を苦しくする出来事がありました。
娘さんから、お金を求められることがたびたびあったのです。
決して余裕のある生活ではありませんでした。
それでも親子という関係があるため、簡単に断ることもできません。
Aさん自身の生活を守るためには、誰かが間に入る必要がありました。
そこでAさんは役所に相談することになりました。
役所や地域の支援者が娘さんとの間に入り、Aさんが少しずつ娘さんと距離を取れるように支援していくことになりました。
ところが、ここで別の問題が出てきました。
娘さんと距離を取ることができたとしても、Aさんには「頼れる人」がいなくなってしまうのです。
たとえば、突然入院することになったら。
施設に入ることになったら。
緊急事態が起きたとき、誰に連絡をすればいいのか。
入院や施設入居の手続きで、身元保証人が必要になったら。
そして、亡くなった後は誰が葬儀を行い、誰が納骨までしてくれるのか。
「家族と離れれば安心できる」
それだけでは終わらないのが、身寄りのない人の老後でした。
そこで、地域包括支援センターの職員が、Aさんのこれからの生活を考え、身元保証会社との契約につなげることになりました。
これは、単に「保証人を用意する」というだけの話ではありません。
Aさんがこれから先、一人でも安心して生活できるようにするための準備でした。
自宅で暮らし続けることが難しくなって
Aさんは、膝の痛みもあり、次第に一人で自宅生活を続けることが難しくなっていました。
また、娘さんが自宅に来る可能性なども考慮し、最終的には施設へ入居することになりました。
Aさんが選んだのは、ケアハウスでした。
ケアハウスは、収入などに応じて利用料が決まる仕組みがあり、比較的低い費用で生活できる施設です。
低所得の高齢者にとって、とてもありがたい選択肢の一つです。
基本的には自立した生活ができる方が中心ですが、要支援・要介護状態になっても、訪問介護やデイサービスなどの介護サービスを利用しながら、できるだけ長く生活を続けることができます。
Aさんの部屋は個室で、ミニキッチンやトイレ、お風呂などがあり、広さとしてはワンルームから1DKほどの暮らしでした。
Aさんにとっては、自分の生活を守りながら暮らせる場所でした。
ただし、年金と遺族年金だけで生活するAさんにとって、決して余裕のある暮らしではありませんでした。
「お金がある」だけでは安心できない
Aさんは足が悪く、長い距離を歩くことも難しくなっていました。
そこで、身元保証会社がAさんのお金の管理も支援しました。
預貯金ができるだけ減らないように、毎月のお小遣いなどを調整しながら生活していきました。
ここで大切なのは、「お金を持っているかどうか」だけではありません。
自分のお金を、最後まで自分の生活のために使える環境があるかどうか。
そして、そのお金を管理する人がいなくなったとき、誰が支えてくれるのか。
Aさんの人生を通して、そんなことを考えさせられました。
最後に残る「誰がやってくれるのか」という問題
Aさんは、自分が亡くなった後のことについても準備をしていました。
納骨堂も決めていました。
葬儀についても準備をしていました。
一見すると、「これで最後の準備もできている」と思います。
しかし、実際にはもう一つ大切なことがあります。
「誰がそこまで持っていってくれるのか」
ということです。
納骨堂を契約していても、亡くなったことを誰かが連絡しなければなりません。
葬儀の準備をしていても、誰かが葬儀社へ連絡しなければなりません。
契約書や大切な書類があっても、それを見つけて手続きをしてくれる人が必要です。
そして、最後には、ご本人を納骨堂までお連れする人が必要になります。
Aさんの場合は、身元保証会社の方々が葬儀を行い、その後、納骨まで対応してくださいました。
だからこそ、Aさんが生前に準備していたことが、最後までつながったのです。
「準備した」だけではなく「実行する人」を決めておく
Aさんの話から、私たちは大切なことを一つ学ぶことができます。
それは、
「最後の準備は、契約するだけでは完成しない」
ということです。
納骨堂を契約する。
葬儀の互助会に入る。
エンディングノートを書く。
遺言書を作る。
こうした準備は、とても大切です。
しかし、その準備を実際に使うとき、
「誰が連絡するのか」
「誰が手続きをするのか」
「誰が書類を探すのか」
「誰が自分を最後の場所まで連れて行くのか」
ここまで決めておかなければ、せっかく準備したものが役に立たなくなる可能性があります。
これは、身寄りのない人だけの問題ではありません。
家族がいる人でも、子どもが遠方に住んでいたり、兄弟姉妹と疎遠だったりすれば、同じ問題に直面することがあります。
「子どもがいるから大丈夫」
「兄弟がいるから大丈夫」
本当にそうなのか、一度考えてみる必要があるのかもしれません。
Aさんは最後までAさんだった
施設で暮らすようになったAさんは、周囲からとても好かれていました。
我慢強く、人の悪口を言わない。
そして、明るい性格でした。
それまでの人生で、決して楽なことばかりではなかったはずです。
病気や痛みを抱えながら働き、限られた年金で生活し、家族との関係にも悩みました。
それでもAさんは、人に優しく接することを忘れませんでした。
施設の中でも人気者になり、周囲の人たちに囲まれて生活しました。
そして、亡くなるまで、その施設で過ごすことになりました。
Aさんの人生を振り返ると、「身寄りがない」という言葉だけでは表せないものが見えてきます。
人は、家族がいなくなったときに突然「一人」になるのではありません。
少しずつ、できることが減っていきます。
病院へ行く。
買い物をする。
お金を管理する。
介護サービスを利用する。
施設へ入る。
緊急時に連絡する。
亡くなった後のことを誰かに託す。
その一つひとつに、「誰が支えてくれるのか」という問題が出てきます。
だからこそ、元気なうちに考えておくことが大切なのだと思います。
Aさんは、自分の人生を最後まで自分らしく生きるために、必要な支援につながることができました。
そして、最後には、準備していた納骨堂へと納められました。
私たちがAさんの人生から学ぶべきことは、
「身寄りがないと大変だ」
ということだけではありません。
「自分が元気なうちに、将来、自分を支えてくれる人や仕組みを考えておく」
ということなのではないでしょうか。
誰かに迷惑をかけないためだけではありません。
最後まで、自分の人生を自分らしく生きるために。
Aさんの人生が、これからを生きる私たちにとって、そんなことを考えるきっかけになればと思います。

コメント