T8krgUSABbOXRjI2p 身寄りのないBさんが教えてくれたこと | 託された知恵を、次の誰かへ

身寄りのないBさんが教えてくれたこと

人を信じることが苦手だったBさんが、最後に見つけた安心

Bさんは、市営団地で一人暮らしをしていた女性でした。

結婚歴はなく、兄弟も子どももいませんでした。

もともとは研究関係の会社に勤めていた、頭の良い、とても真面目な方でした。一方で、気が強く、人を簡単には信用しないところもありました。

若い頃にはモデルにスカウトされたこともあるそうで、身だしなみにもこだわりがありました。洋服も安いものは買わず、必要以上に物を持たない。部屋の中も驚くほどすっきりしていました。

「自分のことは自分でやる」

そんな生き方をしてきた方だったのだと思います。

「もしもの時、誰が助けてくれるのか」

そんなBさんが役所に相談したのは、終活を考えるようになったことがきっかけでした。

施設に入るとき、入院するとき、保証人や緊急連絡先はどうしたらいいのか。

亡くなった後の納骨はどうするのか。

Bさんには、すでに心に決めている場所がありました。

京都にある、ある有名なお寺です。

そこにはお母様が納骨されていました。

お母様の永代供養をきちんと済ませ、自分が亡くなったときも、同じお寺に納骨してほしい。

それがBさんの強い希望でした。

ところが、いろいろな支援者を紹介されて相談しても、なかなか「この人なら任せられる」と思える人には出会えませんでした。

人の良いところよりも、悪いところが目に入ってしまう。

それだけ、人を信じることに慎重だったのかもしれません。

そんな中、何度か私たちと相談をする機会がありました。

そして少しずつ話をする中で、Bさんから支援をお願いしたいと言っていただきました。

自分の最後を、自分で決めておく

兄弟も子どももいないBさんには、亡くなった後のことを考えて、遺言を残しておくことも大切でした。

そこで行政書士をご紹介し、私たちも同席して、遺言を作ることになりました。

Bさんが作ったのは、亡くなった後に必要となる費用や、処分しなければならないものなどを財産から整理し、残った財産を京都のお寺に遺贈するという内容の遺言でした。

Bさんは、

「今までいろいろな人に相談したけれど、こんなに詳しく、分かりやすく説明してくれたのは初めてです」

と話してくれました。

遺言が完成した後、もう一つの大切なことをするため、京都のお寺へ日帰りで行くことになりました。

足が悪かったBさんの移動を車椅子で支援し、お母様の永代供養について確認するとともに、ご自身の生前戒名や、亡くなった後の納骨についても契約を済ませました。

帰る頃には、Bさんの表情が明らかに違っていました。

「これで安心しました」

長い間、心の中にあった不安が一つ消えたのだと思います。

「人に頼りたくない」という思い

Bさんは、その後もできる限り一人で生活しようとしていました。

介護保険の申請もしていましたが、ヘルパーなどのサービスを利用することには抵抗がありました。

「人に頼りたくない」

そんな気持ちが強かったのでしょう。

しかし、年齢を重ねるにつれて、一人での生活は少しずつ限界に近づいていました。

やがて、Bさんもヘルパーさんを利用するようになりました。

そして、ある日のことです。

私たちのところに、Bさんから電話がかかってきました。

ところが、電話に出ても何も聞こえません。

「どうしたのだろう?」

折り返しても電話はつながりません。

心配になり、Bさんの自宅へ向かいました。

玄関をノックしても返事がありません。

実は以前から、緊急時のために鍵を預かることについても相談していました。

しかし、人を信用することが難しかったBさんにとって、それは簡単に決められることではありませんでした。

そのため、私たちは鍵を持っていませんでした。

それでも、この時は「何かがおかしい」と判断しました。

警察と鍵屋さんに来てもらい、室内に入ることになりました。

すると、Bさんは電話のすぐそばで倒れていました。

倒れてから、すでに3日。

ぐったりしていましたが、意識はありました。

すぐに救急隊によって病院へ搬送されました。

あと1日、あるいは2日遅れていたら、間に合わなかったかもしれない。

そんな状況でした。

一人ぼっちではなくなったBさん

入院後、Bさんは少しずつ回復しました。

退院できるまでになり、歩くこともできるようになりました。

しかし、長い距離を歩くことは難しく、以前のような一人暮らしを続けることは困難だと判断しました。

Bさん本人とも相談し、介護を受けられる施設へ入居することになりました。

市営団地を退去する際には、Bさんと一緒に車椅子で部屋へ行きました。

Bさん自身に、

「これは持っていきたい」

「これは必要ない」

と、一つひとつ選んでもらいました。

普段から物を必要以上に持たない生活をしていたため、大切なものはすぐに分かりました。

その中でも、Bさんが大切にしていたものがありました。

お茶を習っていたため、お茶に関する道具や品々です。

それらは施設へ持っていき、いつでも見ることができるようにしました。

最後まで「Bさんらしく」

施設に入ったばかりの頃は、なかなか馴染めませんでした。

真面目で、人との付き合いが少し不器用だったBさん。

自分から他人に心を開くことが、得意ではなかったのだと思います。

それでも、時間が経つにつれて少しずつ変わっていきました。

施設の方とも仲良くなり、一緒に買い物へ出かけることもありました。

「人に頼りたくない」と言っていたBさんが、少しずつ人に頼り、人と一緒に過ごすようになっていったのです。

そして最後まで、Bさんらしく暮らすことができました。

亡くなられたのは、桜が咲く少し前でした。

以前、京都へ行ったとき、

「京都の満開の桜を見たかった」

と話していたことを思い出しました。

そこで私たちは少し時期を待ち、京都の桜が満開になった頃、お母様が眠るお寺へ納骨しました。

Bさんが生前に望んでいた場所へ。

そして、お母様の眠る場所のそばへ、無事に納骨することができました。

「もしも」は、起きてからでは遅い

Bさんの出来事を通して、私たちは一人暮らしの「もしも」について考えさせられました。

もし、自宅で倒れたら。

誰が異変に気づいてくれるのか。

誰が家の中に入ってくれるのか。

そして、助かった後には、誰がその後の生活を支えてくれるのか。

一戸建てなら、緊急時に窓ガラスを割って入るという方法もあるかもしれません。

しかし、それでは、その後の防犯をどうするのかという問題も残ります。

現在では、鍵を預けておく仕組みや、警備会社による緊急駆けつけサービス、緊急通報装置、人感センサーなど、一人暮らしの「もしも」に備えるさまざまなサービスがあります。

大切なのは、高いサービスを契約することでも、安いサービスを選ぶことでもありません。

自分にとって、本当に必要なものは何なのか。

そして、

「もしもの時に、誰が動いてくれるのか」

を、元気なうちに考えておくことです。

Bさんは、人を簡単には信用できない方でした。

だからこそ、誰かに頼ることには、とても大きな勇気が必要だったのだと思います。

けれど最後には、人とのつながりの中で暮らし、そして生前に自分で決めていた場所へ旅立つことができました。

「一人で生きる」と「誰にも頼らない」は、同じではありません。

一人で暮らしていても、困ったときに支えてくれる人や仕組みを、元気なうちに準備しておく。

それもまた、自分らしく生きるための終活なのかもしれません。

身寄りのない方の人生から、今を生きる私たちが学べること。

Bさんの人生は、そのことを静かに教えてくれているように思います。

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